はじめに
交通事故は突然起こるもので、運転者だけでなく同乗者も大きな被害を受けることがあります。友人や家族の車に乗っていて事故に巻き込まれた場合、「同乗者として慰謝料を請求できるのか」「誰に請求すべきか」「いくらくらい請求できるのか」など、様々な疑問が生じるでしょう。
特に同乗者の立場では、運転者していた方との関係性を考慮すると、慰謝料請求にためらいを感じる方も少なくありません。しかし、適切に補償を受けることは被害者の当然の権利です。治療費や休業損害など実費の補償だけでなく、事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料も請求することができます。
この記事では、交通事故で被害を受けた同乗者が適切に慰謝料を請求するための方法や注意点について、法的根拠も交えながら詳しく解説します。
同乗者は誰に慰謝料請求できるのか
交通事故における同乗者の慰謝料請求先は、事故の過失割合によって異なります。過失割合とは、その事故の発生や損害の拡大について、関係者それぞれがどの程度責任を負うかを示す割合のことです。
①相手方(加害車両)にのみ過失がある場合
信号待ちで停車中に後方から追突された場合や、センターラインをオーバーした車と衝突した場合など、相手側に100%の過失がある事故(いわゆる「もらい事故」)では、同乗者は相手方にのみ慰謝料を請求することになります。
これは、同乗していた車の運転者には過失がなく、損害を賠償する義務がないからです。そのため、同乗者は相手方に対して慰謝料などの賠償金の全額を請求することになります。
②双方(相手方と同乗車両の運転者)に過失がある場合
事故の責任が相手方と同乗していた車の運転者の双方にある場合、同乗者は両者に対して慰謝料請求が可能です。法律上、これは「共同不法行為」と呼ばれ、民法719条に基づいて、同乗者は両者に対して損害賠償を求めることができます。
共同不法行為の場合、同乗者は双方に対して、それぞれいくら請求するのかを自由に決められます。例えば、総額1,000万円の損害があった場合、相手方に700万円、同乗車両の運転者に300万円を請求することも、両者に500万円ずつ請求することも、一方に全額の1,000万円を請求することも可能です。
なお、同乗者から請求を受けた側が賠償金を支払った後、過失割合に応じて他方に対して求償(支払った分の一部を請求すること)することができます。例えば、相手方の過失が70%、同乗車両の運転者の過失が30%の場合で、同乗者が相手方に全額請求して相手方が1,000万円支払った場合、相手方は同乗車両の運転者に300万円を求償することができます。
③同乗していた車の運転者にのみ過失がある場合
同乗していた車の運転者が単独事故を起こした場合や、停車中の車に追突するなど100%の過失がある場合は、その運転者にのみ慰謝料を請求することになります。
この場合、同乗していた運転者の加入する任意保険会社等に慰謝料などの賠償金を全額請求することになります。ただし、運転者が家族である場合は、後述するように注意が必要です。
同乗者が請求できる慰謝料の種類と相場
同乗者が請求できる慰謝料は、一般的な交通事故被害者と同様に以下の3種類があります。これらは事故による身体的・精神的苦痛に対する補償として認められているものです。
①入通院慰謝料
入通院慰謝料とは、交通事故による怪我の治療のために入院・通院したことによる精神的苦痛に対して支払われる慰謝料です。治療期間や通院実日数によって金額が決まります。
入通院慰謝料の算定基準には、「自賠責基準」「任意保険基準」「弁護士基準(裁判基準)」の3つがあります。それぞれの特徴は以下の通りです。
- 自賠責基準:自賠責保険が用いる基本的な対人賠償の確保を目的とする基準。金額としては低くなる傾向があります。
- 任意保険基準:任意保険会社が独自に定めた非公開の内部基準。自賠責基準と比べると同等かやや高額である傾向があります。
- 弁護士基準(裁判基準):過去の裁判例に基づいて作られた基準。3つの基準の中で最も高額となる傾向があります。
【入通院慰謝料の目安】
- むち打ちで3ヶ月通院(通院実日数40日)の場合
- 自賠責基準:約34万4,000円
- 弁護士基準:約53万円
- 骨折で1ヶ月入院、退院後6ヶ月通院(通院実日数75日)の場合
- 自賠責基準:約64万5,000円
- 弁護士基準:約149万円
この差は非常に大きく、同じケガでも基準によって2倍以上の開きがあることがわかります。そのため、どの基準で慰謝料を算定するかは重要なポイントとなります。
②後遺障害慰謝料
後遺障害慰謝料とは、治療を終えても後遺症が残った場合に、その精神的苦痛に対して支払われる慰謝料です。後遺障害等級(1級〜14級)の認定を受けることが条件となります。
等級が上がるほど(数字が小さくなるほど)重い障害と判断され、慰謝料額も高くなります。例えば、1級は「常に介護を要する状態」、14級は「日常生活に支障はないが、後遺症として残る症状がある」というレベルです。
【後遺障害慰謝料の目安】
- 1級(要介護)
- 自賠責基準:約1,650万円
- 弁護士基準:約2,800万円
- 12級
- 自賠責基準:約94万円
- 弁護士基準:約290万円
- 14級
- 自賠責基準:約32万円
- 弁護士基準:約110万円
このように、後遺障害慰謝料でも基準によって大きな差があります。特に重い障害ほど、その差は顕著になる傾向があります。
なお、後遺障害が認定された場合、慰謝料の他にも「逸失利益」という将来的な収入減少分に対する賠償も請求できる場合が多いです。
後遺障害に関しては下記のコラムも参考にされてください。
③死亡慰謝料
不幸にも同乗者が死亡した場合、その遺族は死亡慰謝料を請求できます。死亡慰謝料は、亡くなった本人の死亡直前までの精神的苦痛と、遺族の精神的苦痛に対する補償です。
自賠責基準では被害者の家族内における立場にかかわらず一定額ですが、弁護士基準では家族内での役割に応じて金額が変動します。
【死亡慰謝料の目安】
- 一家の支柱
- 自賠責基準:約400万円
- 弁護士基準:約2,800万円
- 母親、配偶者
- 自賠責基準:約400万円
- 弁護士基準:約2,500万円
- その他
- 自賠責基準:約400万円
- 弁護士基準:約2,000万円〜2,500万円
死亡事故の場合、死亡慰謝料の他にも、葬儀費用や逸失利益なども請求できます。特に「逸失利益」は、被害者の年齢や収入によっては数千万円に達することもあり、賠償額の大きな部分を占めることがあります。
同乗者の慰謝料が減額されるケース
原則として、同乗者は事故の発生に責任がないため、慰謝料は減額されません。例えば、「好意同乗(無償で車に乗せてもらったこと)」であったとしてもそれを理由に慰謝料が当然に減額されることもありません。
しかし、以下のような場合は同乗者にも過失があると判断され、慰謝料が減額される可能性があります。
①同乗者が安全運転を妨害した場合
同乗者が運転者の安全運転を妨げるような行為をした場合、同乗者にも責任があるとして損害賠償金が減額されることがあります。具体的には以下のようなケースです。
- 運転者に危険な運転(スピードの出し過ぎや信号無視など)を促した
- 運転中の運転者を驚かせる行為をした
- 運転者に脇見運転を促した
- 運転者にしつこく話しかけるなど運転の妨げになった
- 車の窓枠に腰をかけて身を乗り出す「箱乗り」をした
これらの行為が事故の原因や損害の拡大に寄与したと認められると、その程度に応じて慰謝料が減額されます。
②運転者の状態を知りながら同乗した場合
運転者が安全に運転できない状態であることを知りながら同乗した場合も、同乗者に過失があるとして損害賠償金が減額される可能性があります。
- 運転者が飲酒していることを知りながら同乗した
- 運転者が無免許であることを知りながら同乗した
- 運転者が過度に疲労していることを知りながら同乗した
これらのケースでは、運転者の状態が事故リスクを高めることを同乗者も認識していたと判断され、自己責任の原則から減額が適用されることがあります。
③シートベルト・チャイルドシートを着用していなかった場合
シートベルトやチャイルドシートを着用していなかったことで怪我が重くなったと判断された場合、同乗者自身の過失として慰謝料が減額されることがあります。
特に、運転者から再三シートベルトの着用を促されたにもかかわらず着用せず、結果として車外に投げ出されるなどの重傷を負った場合は、損害の拡大に同乗者自身が寄与したとして減額される可能性が高くなります。
また、0〜5歳の子どもをチャイルドシートに乗せずに同乗させ、事故で怪我をした場合も、親権者の責任として賠償金が減額されることがあります。
④同乗者が事故車の所有者だった場合
同乗者が事故車の所有者である場合、「運行供用者責任」として損害賠償責任を負う可能性があります。自動車損害賠償保障法第3条では、「自己のために自動車を運行の用に供する者」に責任があるとされており、これには所有者も含まれます。
つまり、自分の車を他人に運転してもらい、自分は同乗していた場合でも、事故が起きれば所有者としての責任を問われる可能性があるのです。
同乗者が利用できる保険の種類
同乗者が慰謝料を受け取る方法として、以下の保険が活用できます。それぞれの特徴を理解し、状況に応じて適切な保険を利用することが重要です。
①請求相手の自賠責保険・対人賠償責任保険
相手方に慰謝料請求する場合、まず請求相手が加入している自賠責保険に保険金を請求できます。自賠責保険は法律により全ての自動車所有者に加入が義務付けられていますが、補償額には限度額(傷害の場合は120万円)があります。
自賠責保険の限度額を超える部分については、請求相手が加入している任意保険の対人賠償責任保険から支払われます。任意保険会社に賠償金を請求した場合、多くの場合、任意保険会社は自賠責保険の負担部分も併せて支払ってくれる傾向にあります。
同乗していた運転者にも過失がある場合には、その者が加入する自賠責保険と任意保険の対人賠償責任保険も使用できます。ただし、後述するように、対人賠償責任保険は家族に対しては適用されないことが多いので注意が必要です。
②同乗車の運転者が加入する人身傷害補償保険
人身傷害補償保険とは、同乗者全員の怪我や死亡などを補償する保険です。最大の特徴は、事故の過失割合に関わらず治療費等が支払われることです。
保険金は、保険加入時に設定した上限額内で、実際の慰謝料・損害賠償金と同じ金額が支払われます。また、請求から比較的短期間で支払いが完了するため、早期に補償金を受け取りたい場合に有効です。
同乗者にも過失があり慰謝料が減額されるような場合でも、その減額分を人身傷害補償保険でカバーできるというメリットもあります。
③同乗車の運転者が加入する搭乗者傷害保険
搭乗者傷害保険とは、運転者を含む車に乗っている人が交通事故により怪我をした場合に損害を補償する保険です。人身傷害補償保険と異なり、保険金は定額制になっているケースがほとんどです。
保険金額は怪我の部位や程度によって定められており、過失割合の影響を受けないメリットがあります。また、請求から比較的短期間で支払いが完了します。
さらに、事故の相手方に請求する損害賠償金とは別に受け取ることができるのも特徴です。つまり、搭乗者傷害保険は「上乗せ」の補償として機能します。
④同乗者自身または家族が加入する人身傷害補償保険
同乗者自身または同乗者の家族が人身傷害補償保険に加入している場合、この保険からも補償を受けられる可能性があります。人身傷害補償保険のプランによっては、加入者とその家族が他人の車に乗っていて事故に遭った場合も補償対象となるからです。
同乗者自身あるいは家族が任意保険に加入している場合は、人身傷害補償保険も含まれているか、どのようなプランに加入しているかを確認してみましょう。複数の保険から補償を受けられる可能性もあります。
同乗者が慰謝料請求する際の注意点
同乗者として慰謝料を請求する際には、いくつかの重要な注意点があります。適切な補償を受けるために、以下のポイントをしっかり押さえておきましょう。
①家族が運転する車での事故の場合
家族が運転する車に同乗していて事故にあった場合、慰謝料請求に関して特に注意が必要です。任意保険の対人賠償責任保険は、父母・配偶者・子など家族に対しては適用されないケースが多いからです。
つまり、運転者である家族に対して慰謝料・損害賠償請求をする場合、損害賠償金は家族の自賠責保険と家族自身の資産から支払われることになり、家族に大きな経済的負担をかける可能性があります。
この場合、次のような対応が考えられます:
- 人身傷害補償保険や搭乗者傷害保険の活用:これらの保険は家族であっても補償対象となるため、対人賠償責任保険の代わりに使うことで、家族の負担を減らせます。
- 請求自体を控える:請求相手が家族のみの場合は、家計が共通していることも多く、結局は自分たちの負担になるため、慰謝料請求自体を控えるという選択肢もあります。この場合、必要な治療費等の実費は自賠責保険から支払ってもらうという対応が一般的です。
②請求相手の任意保険加入状況の確認
慰謝料を請求する前に、請求相手が任意保険に加入しているかを確認することが重要です。自賠責保険は強制加入ですが、任意保険は文字通り任意であり、未加入の運転者も少なくありません。
任意保険に未加入の場合、自賠責保険の限度額(傷害の場合は120万円)を超える部分は請求相手本人が支払うことになります。相手の支払い能力に不安がある場合、分割払いになったり、最悪の場合は踏み倒されたりするリスクがあります。
加害車両と同乗車両の運転者の双方に慰謝料請求できる場合は、任意保険に加入している方に多めに請求するのが賢明です。また、任意保険未加入の相手に請求する場合は、支払い能力を確認するなどの対策を講じることをお勧めします。
③示談交渉の進め方
慰謝料を含む損害賠償金の最終的な金額は、示談交渉によって決まります。一般的に、保険会社は少しでも支払い額を抑えようとする傾向があります。そのため、示談交渉では以下の点に注意しましょう。
- 保険会社の初期提示額をそのまま受け入れない:保険会社の最初の提示額は、通常、支払う可能性のある最低限の金額です。交渉の余地があると考えるべきです。
- 治療が完了してから示談交渉を始める:後遺症の有無や程度が確定する前に示談を結ぶと、後から症状が悪化しても追加の補償を求められないことがあります。
- 複数の保険を活用する:状況に応じて、自賠責保険、対人賠償責任保険、人身傷害補償保険、搭乗者傷害保険など、複数の保険から補償を受ける可能性を検討しましょう。
- 弁護士への相談を検討する:特に重傷を負った場合や後遺障害が残る可能性がある場合は、専門家のアドバイスを受けることで適切な補償を得られる可能性が高まります。
弁護士に相談・依頼するメリット
交通事故の示談交渉は、法律の知識や交渉のノウハウが必要となります。特に同乗者の立場では、運転者との関係性も考慮しながら適切に対応する必要があります。弁護士に相談・依頼することで、以下のようなメリットが得られます。
①適正な慰謝料額の獲得
弁護士は交通事故の法律や判例に精通しており、被害の状況に応じた適正な慰謝料額を算定することができます。一般的に、弁護士が介入することで、保険会社から提示される金額の2〜3倍程度の増額が見込めるケースも少なくありません。
これは、弁護士が「弁護士基準(裁判基準)」に基づいて請求するのに対し、保険会社は「任意保険基準」または「自賠責基準」という低めの基準で提示するためです。実際に、弁護士が介入することで慰謝料が増額した事例は数多く報告されています。
②示談交渉の負担軽減
事故の被害者は身体的・精神的なダメージを受けている中で、専門知識が必要な示談交渉を行うのは大きな負担です。弁護士に依頼することで、その負担から解放され、回復に専念することができます。
また、弁護士は被害者の代理人として保険会社と交渉するため、感情的な対立を避け、客観的な立場から冷静に交渉を進めることができます。これにより、円滑かつ効果的な解決が期待できます。
③証拠収集と損害立証のサポート
交通事故の損害賠償では、被害の程度や因果関係を立証することが重要です。弁護士は必要な証拠の収集方法や、医師との連携による医学的見地からの損害立証など、専門的なサポートを提供します。
特に後遺障害の認定では、適切な診断書の作成や後遺障害等級の認定申請など、専門的な知識と経験が必要となります。弁護士のサポートにより、適正な後遺障害認定を受けられる可能性が高まります。
④弁護士費用特約の活用
近年の自動車保険には「弁護士費用特約」が付いていることが多くなっています。この特約があれば、弁護士に依頼した場合の費用(着手金・報酬金など)を保険会社が負担してくれます(通常、上限額は300万円程度)。
弁護士費用特約を利用すれば、自己負担なく弁護士に依頼できるため、費用面での心配なく専門家のサポートを受けられます。家族の運転する車に同乗していて事故にあった場合でも、同乗者自身に弁護士費用特約がなくても、家族の弁護士費用特約が使える可能性があります。
まとめ 適切な補償を受けるために
交通事故の同乗者として被害を受けた場合、適切な補償を受けるためには以下のポイントが重要です。
- 事故の過失割合を確認する:過失割合によって慰謝料請求の相手が変わります。相手方のみに過失がある場合は相手方に、双方に過失がある場合は双方に、同乗車両の運転者のみに過失がある場合は運転者に請求します。
- 請求できる慰謝料の種類と金額を理解する:入通院慰謝料、後遺障害慰謝料、死亡慰謝料の3種類があり、それぞれ適用条件や相場が異なります。また、算定基準によって金額に大きな差が生じることを理解しておきましょう。
- 慰謝料が減額されるケースを知っておく:同乗者自身による安全運転の妨害や、運転者の状態を知りながらの同乗、シートベルト非着用などが認められると、過失相殺により慰謝料が減額される可能性があります。
- 複数の保険を活用する:自賠責保険、対人賠償責任保険だけでなく、人身傷害補償保険や搭乗者傷害保険なども活用し、十分な補償を受けることを検討しましょう。
- 請求相手との関係性に注意する:特に家族が運転する車での事故の場合は、対人賠償責任保険が使えないことが多いため、他の保険の活用や請求先の選択に注意が必要です。
- 専門家のサポートを検討する:特に重傷や後遺障害が残るケースでは、弁護士に相談・依頼することで適切な補償を受けられる可能性が高まります。弁護士費用特約がある場合は、その活用も検討しましょう。
交通事故は突然起こるものですが、被害に遭った後の対応によって、受け取れる補償に大きな差が生じます。同乗者であっても適切な補償を受ける権利があります。複雑な法的手続きや交渉に不安を感じる場合は、早めに専門家に相談することをお勧めします。
