交通事故に遭遇した際、その事故が「人身事故」として処理されるか「物損事故」として処理されるかによって、その後の手続きや受け取れる賠償内容が大きく変わります。
この違いを正しく理解していないと、本来受け取れるはずの賠償金を請求できなかったりり、適切な治療を受けられなくなったりする可能性があります。
本記事では、人身事故と物損事故の基本的な違いから、実際の処理における重要なポイントまで、初心者の方にもわかりやすく詳しく解説していきます。
物損事故とは何か
物損事故とは、交通事故によって車両や建物、道路設備などの「物」に損害が生じたものの、人の死傷がない事故のことを指します。具体的には、以下のような状況が物損事故に該当します。
車同士が接触して車体に傷がついたが、運転者や同乗者にケガがなかった場合や、運転操作を誤って電柱やガードレールに衝突してしまった場合、駐車場で他の車にぶつけてしまったが誰もケガをしなかった場合などです。
物損事故では、損害を受けた物の修理費用や買い替え費用、代車の利用料金などが賠償の対象となります。しかし、精神的な苦痛に対する慰謝料は原則として発生しません。これは、物損事故では人の身体や精神に直接的な被害が生じていないためです。
人身事故とは何か
人身事故とは、交通事故によって人がケガをしたり、亡くなったりした事故のことを指します。ケガの程度や重軽を問わず、人に何らかの身体的な被害が生じた場合は人身事故として扱われます。
例えば、追突事故でむちうち症になった場合、交差点での衝突で骨折した場合、横断歩道で歩行者をはねてしまった場合などが人身事故に該当します。軽い打撲や擦り傷であっても、医師の診断を受ければ人身事故として処理されます。
人身事故では、物的損害に加えて、治療費、入通院慰謝料、休業損害、後遺障害慰謝料、逸失利益など、人的被害に関する幅広い賠償を請求することができます。
人身事故と物損事故の根本的な違い
法的責任の違い
交通事故の加害者が負う責任には、刑事責任、行政責任、民事責任の3つがあります。
物損事故の場合、よほど悪質でない限り刑事責任は問われません。また、免許の点数加算や停止といった行政処分も基本的には科されません。一方、人身事故では過失運転致死傷罪などの刑事責任が問われる可能性があり、免許の点数加算や停止・取消といった行政処分も科されます。
この違いは加害者にとって非常に重要で、職業運転手などの場合、免許停止は生活に直結する問題となります。そのため、加害者側から物損事故での処理を希望される場合があることを理解しておく必要があります。
警察の調査方法の違い
人身事故の場合、警察は現場で詳細な実況見分を行い、「実況見分調書」という詳細な記録を作成します。この調書には、事故現場の状況、車両の位置関係、ブレーキ痕の有無、当事者の証言などが詳細に記録されます。
一方、物損事故では簡易な「物件事故報告書」が作成されるのみで、詳細な現場検証は行われません。この違いは、後に過失割合を決める際に大きな影響を与える可能性があります。実況見分調書があることで、事故状況を客観的に証明しやすくなるからです。
賠償内容の違い
物損事故で請求できる賠償は、主に以下のようなものです。
- 車両の修理費または買い替え費用
- 車両の評価損(事故歴による価値の低下)
- 代車使用料
- 破損した持ち物の修理費や買い替え費用
人身事故では、これらに加えて以下の賠償も請求できます。
- 治療費(診察料、薬代、リハビリ費用など)
- 入通院慰謝料(治療期間に応じた精神的苦痛への賠償)
- 休業損害(事故により仕事を休んだことによる収入の減少)
- 後遺障害慰謝料(後遺症が残った場合の精神的苦痛への賠償)
- 逸失利益(後遺障害により将来得られなくなった収入)
事故の種別は誰が決めるのか
交通事故が人身事故か物損事故かを最終的に決定するのは警察です。事故現場に駆けつけた警察官が、現場の状況や当事者の証言、ケガの有無などを総合的に判断して決定します。
事故直後に「ケガはありません」と警察に伝えてしまうと、物損事故として処理されてしまいます。しかし、交通事故によるケガ、特にむちうち症などは事故直後には症状が現れず、数時間後や翌日以降に痛みが出てくることがよくあります。
そのため、事故直後は大丈夫だと思っても、念のため医療機関を受診し、少しでも異常があれば人身事故として処理してもらうことが重要です。
物損事故として処理されることの問題点
治療費の問題
物損事故として処理された場合、後からケガが発覚しても、事故との因果関係を証明するのが困難になります。保険会社から「事故当時にケガの申告がなかったのだから、事故とは関係ない」と判断され、治療費の支払いを拒否される可能性があります。
慰謝料の問題
物損事故では原則として慰謝料は発生しません。どんなに精神的なショックを受けても、身体的な被害がなければ慰謝料を請求することはできません。
過失割合の認定の問題
物損事故では詳細な実況見分が行われないため、後に過失割合で争いになった際に、事故状況を客観的に証明することが困難になります。これにより、本来よりも不利な過失割合を提示される可能性があります。
物損事故から人身事故への切り替え方法
切り替えの手順
物損事故として処理された後でも、一定期間内であれば人身事故に切り替えることができます。
まず、医療機関を受診して医師の診断を受け、診断書を作成してもらいます。診断書には、ケガの内容、治療期間の見込み、事故との因果関係などが記載されます。
次に、作成された診断書を持参して警察署に出向き、人身事故への切り替えを申請します。警察が申請を受理すると、改めて実況見分が行われ、詳細な事故状況の調査が実施されます。
最後に、加害者側の保険会社にも人身事故に切り替わったことを連絡し、治療費などの支払いについて相談します。
切り替えの期限
物損事故から人身事故への切り替えには、厳密な法的期限は定められていませんが、実務上は事故発生から10日以内に申請することが推奨されています。
時間が経過するほど、事故とケガの因果関係を証明することが困難になり、警察や保険会社から切り替えを認めてもらえない可能性が高くなります。そのため、少しでも身体の異常を感じたら、可能な限り早急に医療機関を受診し、切り替え手続きを行うことが重要です。
加害者から物損事故での処理を求められた場合の対応
交通事故の加害者から「大したケガではないので、物損事故で処理してもらえませんか」と申し出られることがあります。加害者としては、刑事処分や行政処分を避けたい、賠償金額を抑えたいという思いがあるためです。
しかし、少しでもケガをしている場合は、加害者の申し出に安易に応じるべきではありません。前述したように、物損事故として処理されることで、後々大きな不利益を被る可能性があるからです。
「軽いケガだから」「相手が誠意を見せているから」という理由で物損事故での処理に同意してしまうと、後から後遺症が残ったり、治療が長期化したりした場合に、適切な賠償を受けられなくなる可能性があります。
適切な対応をするために知っておくべきこと
事故直後の行動
交通事故に遭った直後は、動転してしまい冷静な判断ができない場合があります。しかし、その時の対応がその後の処理に大きく影響するため、以下の点を心がけましょう。
身体に異常がないと思っても、「ケガはない」と断言せず、「今のところ痛みはないが、念のため病院で検査を受ける」と伝えることが重要です。また、事故現場の状況を写真に撮ったり、相手方の連絡先や相手方の任意保険会社を確認したりすることも忘れずに行いましょう。
医療機関の受診
事故直後に症状がなくても、必ず医療機関を受診することをお勧めします。交通事故によるケガ、特に内部的な損傷や神経の損傷は、時間が経ってから症状が現れることが多いからです。
医師の診察を受けることで、万が一後から症状が出た場合でも、事故とケガとの因果関係を証明しやすくなります。
弁護士に相談すべきタイミング
交通事故の処理は複雑で、法的な知識が必要な場面が多くあります。特に以下のような場合は、早めに弁護士に相談することをお勧めします。
ケガの程度が重い場合や後遺症が残る可能性がある場合、過失割合について相手方と争いがある場合、保険会社から提示された賠償額に納得がいかない場合、加害者が無保険だった場合などです。
弁護士に依頼することで、適切な賠償額の算定、保険会社との交渉代行、必要な手続きのサポートなどを受けることができ、被害者の負担を大幅に軽減できます。
まとめ
人身事故と物損事故の違いは、単なる分類の問題ではなく、その後の賠償額や手続内容に大きな影響を与える重要な要素です。そのため、事故直後の対応一つで、受け取れる賠償額が大きく変わる可能性があります。
交通事故に遭った際は、軽微だと思われるケガであっても「人身事故」として処理してもらい、必ず医療機関を受診することが重要です。また、複雑な手続きや保険会社との交渉については、専門知識を持つ弁護士に相談することで、適切な解決を図ることができます。
交通事故は誰にでも起こりうる出来事です。万が一の際に適切な対応ができるよう、これらの知識を覚えておいていただければと思います。
